カルタヘナの街には露天商が多い。貧富の差が激しいので、ジャマイカもコロンビアもまだまだこらからだという感じ。

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スプンだと思う。こんなものは観光客には売れないので、現地の人たちへの商いだろうか?。

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Tシャツの色使いはケバケバしい。

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炉辺で売るヤシの実。

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この種の女性の正体は???。

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シモン・ボリーバル(SIMON BOLIVAR)の銅像。 1811年11月11日、海賊の横行やスペイン人支配に耐えられなくなった 「カルタヘナ」 の住民はスペイン本国からの独立を宣言する。 コロンビアの大英雄シモン・ボリーバル(SIMON ・BOLIVAR)がスペイン人征服者の国外追放に貢献。 長い戦いも完全終結し「カルタヘナ」 は完全な独立を勝ち取る。 時にその日が1811年11月11日11時11分と11尽くしだったと言われる。

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シモン・ボリーバル(SIMON BOLIVAR)の銅像。

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シモン・ボリーバル(SIMON BOLIVAR)の石塔。

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コロンビアはコーヒーの産地で世界2位です。 1位はブラジルだそうです。

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16~17世紀に建てられたもので、昔の刑務所及び弾薬庫の跡地。 ここが観光客専用のショッピング街である。 あまりにも雑然としていて周りの環境も悪く買い物をする雰囲気ではなかった。

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このスタイルの女性が結構街のあちこちを歩き回っていた。  ちょっと不気味で、あまりいい印象ではなかった。 ひょっとして売春婦。

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旧市街にはコロニアルスタイルの建物が多い。ベランダが木製で造られ、花壇は情緒がある。

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建物は3階建てが多く、3階に主人家族が住み、2階に奴隷など使用人、1階は物置き場というスタイルだそうだ。

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スペインの植民地だったので、スペイン風中庭が残っている。

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コロンビア・カルタヘナの7:00AM頃。

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コロンビア・カルタヘナ入港の朝。客船最後尾のオープンデッキ。

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コロンビア・カルタヘナ入港の朝。客船最後尾のオープンデッキ。

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サン・フェリペ城塞の洞窟の入口。

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サン・フェリペ城塞。

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サン・フェリペ城塞。コロンビアの国旗。

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ほとんどの客船はそれぞれの港に早朝入港してきます。コロンビア・カルタヘナ港にも 「Hoolland America Line」 や 
「NORWEGIAN PEARL」 が次々入ってきました。
 
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Hoolland America Line

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Hoolland America Line

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NORWEGIAN PEARL

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NORWEGIAN PEARL

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このタグボートは客船に何らかの暗号を送っています。客船に対し角度を変え向きを変えて放水をしていました。

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1533年コロンブスにより発見された。 コロンビアの名称はコロンブスにあやかって付けられた。 スペイン人がインカ帝国を滅ぼして以来、カルタヘナはスペイン帝国の最も重要な中継地として発達した。 財宝(金・銀・銅)をはじめとするアメリカ大陸への産物の輸出港となった。 この富む町に目を付けたカリブの海賊 「仏・英」 は同港からの輸出を妨害し略奪に走った。 要塞はスペイン国王がこれらの海賊の略奪と妨害を防ぐため造られた。 要塞は町の高い位置にあるが階段は

一切造られていない。 その理由は大砲等重いものを運ぶ必要があったからである。  この地には石が少なかったのでサンゴや貝殻などのが城壁の壁に見られる。 1741年イギリスの侵略、海賊の襲来等があったが、城壁に守られ、幸いなことに、マナリアなどの疫病により退散した。  城壁の中には洞窟があり、敵味方の判別は壁を引っかくなどまた、煮炊きの煙が出ない工夫などされていた。 城壁はほぼ100年かかって作られた。

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コレンビアは南米一の美人国だそうです。下船時の歓迎。

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サン・フェリペ城塞からの眺め。新市街は高層ビルが林立した大都会です。

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サン・フェリペ城塞。

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サン・フェリペ城塞。

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