《 Signal 》 1915年 from William Beffy collection
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Henri Le Fauconnier 1881-1915

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《 Villeneuve-La-Garenne 》 1872年 S.I. Schukin collection
この絵の説明は言語がわからないので不正確かも知れません。 おわかりの方ご一報ください。

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Alfred Sisley 1839-1899

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《 Boat 》 1899年
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Louis Valtatー1869-1952

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《 Child with a whip 》 1885年
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Auguste Renoir 1841-1919

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「コトリン島」はバルト海、フィンランド湾の入り口に位置するロシアの島。サンクトペテルブルクから西に約30km。 東西の長さ14km南北の幅は約2kmで長細い形をした島で島の東側にクロンシュタット市があります。 海港サンクトペテルブルグを防衛するために 「バルチック艦隊」 の主力基地があり、軍事的に重要な島であったそうです。 サンクトペテルブルグからエストニアのタリンへ向う途中 「バルチック艦隊」 ゆかりの地・クロンシュタット海軍基地を通過しました。 かっては海

港サンクトペテルブルグを防衛する要塞だったそうですが、現在は軍港というイメージではなく、軍艦が沈没しかかった状態で放置されていたりして、(なれのはて) という言葉がぴったりのだと思う。 また、現在基地として使われているとも思われない。

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《 Flora 》
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Francesco MELZI 1493ー1570

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正式名は 『キリスト復活聖堂』 である。 『血の上の聖堂』 という別名を持つ教会。 1881年3月アレクサンドル2世の行幸の帰途、爆弾を投げつけられ暗殺される。 急きょ即位したアレクサンドル3世は、父が暗殺されたその場所に父をしのぶ聖堂の建立を決め、その設計案を一般から公募した。  皇帝自ら選んだのが、ロシア正教会独特のねぎ坊主型ドームを有する、やや古めかしいデザインであった。 1883年に建設が始まり、完成したのは24年後。 やがてソ連共産

党政権下、宗教弾圧にあい扉も閉じられたまま崩壊が進む一方の状態であった。 ゴルバチョフ政権が誕生宗教弾圧が解け、整備修復され1988年より現在の姿で公開されている。 古めかしいデザインだというが外観はけばけばしく私には派手に見える。  しかし、内装(内部は見学していないので不明)も外壁も見事なモザイク画による装飾が施され、ロシアモザイク芸術最高の作品とされている。 15分の写真タイムだからやっと3枚撮れた。

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《 Madonna and Child with Angels 》
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Giulio Cesare Procaccini 1574-1625

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イサク聖堂は巨大な金色のドームと巨大な大理石の柱が特徴で寺院の前には馬上のピヨートル大帝像があります。 アレクサンドル1世が建立を命じた寺院はとてつもなく大きく。ローマのサン・ピエトロ大寺院、ロンドンのセントポール寺院、フローレンスのサンタ・マリア・デル・フィオーレ寺院と並ぶ大きさであるという。    分厚い大理石の柱1本の重さ17トンという。 精巧な内部のモザイクやイコン(注)(イコンとは、キリスト教において神や天使や聖人を記念し象徴として模られた絵

や像で、敬拝、崇敬の対象とされるもの)などとても神聖な寺院です。 現在の聖イサク寺院はアレクサンドル1世の時代に建造されたもので建築費3000ルーブル(当時のロシア全土の教育費に相当する)金額であったとガイドの説明であった。
建設には1818~1858年までの40年の工期を費やした。 ロシア革命後は、共産党は宗教を弾圧したのでソビエト政権

の下では博物館として使われていた。 第二次世界大戦時には他のサンクト・ペテルブルクの建造物と同様、相当の危機に見舞われる。 また、独ソ戦におけるレニングラード包囲戦では、聖イサク寺院の黄金のドームはドイツ軍にとって絶好の標的となり、ソ連側は一時ドームを灰色に塗装し偽装したという。 ソ連崩壊後は寺院としての活動を再開し礼拝及び拝観者が多く訪れている。

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ピヨートル大帝像

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寺院の天井の一番高いところは101,5mあるそうです。

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《 作者不明 》
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