「みんなの広場 投稿記事」  報道の自由度の低さに落胆 無職・山下昇・80(京都府精華町) 毎日新聞 2017年5月11日 東京朝刊。 国際NGO「国境なき記者団」が各国の報道の自由度に関する2017年の調査結果を発表しました。 その日本の順位の低さに悲しくなりました。  ジャーナリスト団体である同記者団の調査によると、調査対象の180カ国・地域のうち日本の順位は7

2位。 主要7カ国では最下位です。 かつては10位台に位置したことがあったものの、福島原発事故をめぐる情報開示が問題視されて以降、順位がダウン。 安倍政権下で特定秘密保護法が成立するなど報道に対する抑圧がさらに高まったと批判しています。  また、大手メディアが政権の意向に配慮して自主規制を続けていると指摘しています。 こういう状況に怒り心頭です。 首

相、閣僚らの問題発言や失言の多発は政治の劣化の証しです。 現状を正せるのはメディアの強い信念と努力しかないと思います。 私のコメント、安倍晋三君周辺の右傾化は大変危険です。

「みんなの広場 投稿記事」  国会と国民をばかにした発言 自由業・高木洋志・72(兵庫県宝塚市)毎日新聞 2017年5月13日 東京朝刊。 安倍晋三首相は自民党総裁の立場から、改正憲法を2020年に施行する意欲を述べた。 目指す改憲の内容は9条1項、2項を維持し自衛隊の存在を明記する条文を加えるなどというものだが、自民党内や国会の憲法審査会で議論されてこ

なかった考え方であり、唐突感が否めない。  また、自民党が野党だった12年にまとめた改憲草案で「国防軍」の創設を打ち出していることとの整合性について衆院予算委員会で質問されると、安倍首相は「読売新聞に掲載されたインタビュー記事を熟読してほしい」とかわした。 まさに国会と国民をばかにした発言であり、「下々は黙ってついてこい」と言わんばかり。 安倍1強を象徴す

る暴言である。  安倍首相は読売新聞を政権の広報紙と思っているのだろうか。 憲法審査会では改憲議題の絞り込みの段階で、改憲論議が煮詰まってきたとは到底思えない。 改憲を政争や権力維持の道具にすることなく、徹底した与野党論議が必要である。

akb14d.jpg 大阪城説明文 1。

akb16d.jpg 大阪城説明文 2。

akb17d.jpg 大阪城説明文 3。

akb18d.jpg 
大阪城。 記念写真ではありません(天守閣に上るのに時間を要し。 集合時間が切迫し「大阪城全体像」を撮りたくて、前の人物像を避けられなかった)。 Costa Victoria号の旅は終わりです。

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「みんなの広場 投稿記事」  「おごり」の安倍政権、退陣を 年金生活者・治部康利・96(大阪市淀川区)毎日新聞 2017年5月5日 東京朝刊。東日本大震災に関する相次ぐ暴言で今村雅弘前復興相が大臣職を辞任した。 福島原発の自主避難は「本人の責任」「まだ東北で良かった」などと被災者の傷口に塩を塗り込むような許されざる発言である。  大臣、政務官らの相次ぐ

失言や不祥事に対し、「政権の緩み」という批判がある。 しかし、私は「政権のおごり」が背景にあると思う。 世論の内閣支持率が高いと判断し、それに安座しているのだ。 安全保障関連法制定や高齢者の暮らしを直撃する年金減額を強行し、今は「共謀罪」づくりの強行である。  選挙で国会の議席を多数得たことから、おごりが生まれたのだ。 安倍晋三首相は「任命責任は私にあ

る。 国民に心からおわびを申し上げる」と陳謝したというが、おごりの“源”は安倍首相だと思う。 そもそも憲法をないがしろにする安倍首相は憲法尊重擁護義務をなんと心得ているのだろう。 謝ってすむ話ではなく、安倍政権はきっぱり退陣すべきではないか。 森友問題で自身ないし妻昭恵の学園への関与が明白なら総理大臣どころか議員も辞めると宣言したではないか。 関与が明らか

になった今、即、退陣してほしい。 憲法改正どころの話ではない。


「みんなの広場 投稿記事」  憲法は死につつあるのか 自営業・荒木泰子・78(京都市左京区)毎日新聞 2017年5月12日 東京朝刊。 五月晴れにも心が重いのは年齢のせいだろうか。 施行70年の日本国憲法も、勘違いなのか本心なのかは分からないが、「立法府の長」と“自称”した行政府トップとその取り巻きによって拡大解釈が繰り返され、いつの間にかそれに慣らされてしまっ

た国民が気付かないうちに緩慢な「死」を迎えつつあるのではないか。  安全保障法制に続く、「共謀罪」を盛り込んだ組織犯罪処罰法改正案……。  野党の中には内紛も見られ、ばらばら状態。 労働者の祭典・メーデーという言葉も死語に近いか。 この3日は朝日新聞阪神支局襲撃事件から30年。 今のメディアは米国に比べると政府に対して及び腰のように感じられる。  敗戦の

年に国民学校に入学した私は生え抜きの新憲法世代である。 非常に珍しかった時代に留学を経験し長年、教育や国際交流活動に従事してきた。 78歳の身はこの悲惨な日本、そして世界の状況に蟷螂(とうろう)の斧(おの)をいかに振るうべきか、夜も眠れない思いだ。

akb10d.jpg 桜田門枡形巨石の説明文。 

akb11d.jpg 大阪城の巨石 1。 「蛸石」。 左の方にタコが寝ているようなシミがあるのでそう呼ばれている。 表面積が大阪城内で一番広く36畳。

akb13d.jpg 大阪城の巨石 2。 蛸石の部分。
 
akb12d.jpg 大阪城の巨石 3。

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「みんなの広場 投稿記事」  幕引き許されぬ森友問題 会社員・浜尾幸一・68(福岡県宗像市)毎日新聞 2017年5月3日 東京朝刊。 自治会長をしていた折、通学路に信号設置の必要性を感じ、約850人の署名を集め福岡県に提出した。 半年が過ぎて県に進捗(しんちょく)状況を尋ねたところ、「危険箇所など山ほどある。 いつになるかなど不明」 と、けんもほろろの回答だっ

た。  「森友学園問題」では、一私人の前理事長の要望に沿って、役所の極めて丁重な対応がなされたことが明白になった。 これはそんたくなどという美辞で片付く問題ではない。 役人の功名主義や保身、それを見越しての前理事長の自己利益追求ということではないのか。 首相の妻は数多くの役職を歴任していると聞く。 とすれば、これは氷山の一角ではないのか。 一私人の資産を

使ったというなら分かるが、国の資産が費消されたのである。 原因追究がなされて当然であろう。 政情不安な発展途上国ならいざ知らず、民主主義国家である我が国であってはならないことである。 あいまいな決着で終わらせてはならない。 マスコミの継続した厳正な追及をお願いしたい。  私の意見。 当方、読売新聞は見ません。

akb6d.jpg 大手門。
 
akb5d.jpg 大阪城内にある、修道館。

akb8d.jpg 大阪城内にある、豊国神社。 太閤秀吉の銅像がある。

akb9d.jpg 大阪城内にある、大阪市博物館。

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首相改憲案  自民に波紋 石破氏「議論していない」 毎日新聞 2017年5月4日。 安倍晋三首相が、憲法第9条の1項と2項を残しつつ自衛隊の存在を9条に明記すると提案したことで、自民党内に当惑が広がっている。 自衛隊を国防軍と明確に位置付ける党憲法改正草案にはない考え方に、真意を測りかねているためだ。 2項が定める 「戦力不保持」 と自衛隊明記の整合性も問われる。 「党内でこういう議論は一回もしていない。 長い議論の積み重ねをまったく無視していいとはならない」。 自民党の

石破茂元幹事長は3日のフジテレビの番組で、戸惑いを隠せなかった。  1項の「戦争放棄」 と2項の「戦力不保持」 を堅持し、自衛隊の規定を足すという首相の提案は公明党が掲げる 「加憲」 の考え方には沿う。 山口那津男代表は「新しい憲法にふさわしい価値が生まれれば、憲法に加えていく改正はなされていい」 と一定の理解を示したものの、党内には「なぜ今、こうした内容を発信したのか」 といぶかる声も漏れる。  首相は改憲項目に関する具体的な発言を控え、「急がば回れ」 の戦略をとってきた。  一

転して具体案を提起した背景について、自民党筋は改憲派が衆参両院で3分の2の勢力を持ちながら、憲法審査会の議論のペースが上がっていない点を指摘。 「与党の進め方にいら立ち、カンフル剤を打ったのではないか」 と分析した。  局面打開に向けた首相の提案が奏功するかは微妙だ。 問われそうなのが党改憲草案の9条との整合性。 国防軍の位置付けを見直すかどうかの党内論議は手つかずのままだ。  党若手は「現行憲法も自衛のための戦力は否定していない。 自衛隊の存在を加えて

も問題はない」 と強調。 幹部の一人も 「党内には国防軍に抵抗感がある人もいる」 と理解を示した。 だが、戦力不保持と自衛隊明記を両立させるのは難しい。  国対幹部は先行きへの不安をあらわにした。 「議論促進を狙ったのなら逆効果かもしれない。 憲法審査会も混乱必至だ」(共同)

akb1d.jpg 大坂城 1。 大坂城は日本でも有数の巨大城郭です。 「大坂夏の陣」で廃墟同然となった大坂城は、1620年(元和6年)に徳川秀忠の大坂城命により天下普請によって10年かけて再築されました。 豊臣時代の大坂城の跡に高さ数メートルの盛り土をして再建されたため、現在も地下深くに豊臣時代の石垣が埋まっています。 現在ある天守は1931年(昭和6年)に復興されたものですが、櫓や門などは江戸時代のものが残っています。 天守を中心とした大阪城公園には梅1250本、桜4500本が植えられており、春

には花見客で賑わいます。 また夜間には天守がライトアップされるため、夜景の名所としても知られています。 なお豊臣時代の天守が32年、徳川時代の天守が36年と、いずれも短期間に焼失したため、現在ある復興天守がもっとも長命の天守となっています。  攻城団編集部より。

akb2d.jpg 大坂城 2。

akb3d.jpg 大坂城 3。

akb4d.jpg 大坂城 4。 二の丸地区案内図。

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