
多分上級裁判所の建物ではないかと思います

多分上級裁判所の建物ではないかと思います

上の建物の表記は次のドイツ語です。 おわかりの方ご教授ください(OBERLANDESGERICHT) hiroshiさんから返事
をいただきました。 想像した通り裁判所の建物でした。 hiroshiさんありがとうございました。
http://ya170519su.at.webry.info/ hiroshiさんのURLです。


シュタイン門


市庁舎バロック形式の7つの尖塔が特徴です。 13世紀に設立され今日まで700年以上市政を行ってきました。 外壁は
ピンク色で役所としては珍しいと思います。 現在地下は、レストランとして開放されています。

市庁舎正面市電の線路をはさんで 「マルクト広場」 があります。 変わった彫刻がある広場で、露店で飲み物、果物、
生活雑貨などを売っています。

マルクト広場の変わった彫刻の一部

太陽をイメージしたホテルだそうです。市庁舎の並びにあり凄く目立ちました。


歩行者天国のクレペリナー通りには外壁に特徴のある彫刻を施した建物がたくさんあります。 眺めているだけで楽しい
通りです。

クレペリナー通り

クレペリナー通り

クレペリナー通り

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- 2007/08/31(金) 11:47:42|
- 寄港地ヴァルネミュンデ
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ロストックは旧東独最大の都市で、町の中心には 「マルクト広場」 そに前には7つの小さな尖塔が印象的なピンク色の
市庁舎があり、その隣には屋根の上に太陽があるユニークなホテルがあります。 マルクト広場の直ぐ側に13世紀に建
てられた市内最古の 「聖マリエン教会」 があります。 目抜き通りのクレペリナー通りの外れには、1419年創立という
歴史のある重厚な 「ロストック大学」 があります。 古風で立派な建物です。

ロストックとヴァルネミュンデ間を走る電車、車内には自転車で通勤する人が多く車両には自転車(駐輪置き場)がある。

ヴァルネミュンデの街、コンステレーション甲板から

電車切符自動販売機、ヴァルネミュンデ〜ロストック間は各駅停車で約25分。
料金は4ユーロ。

自転車で電車通勤する駅の下車風景。駅のホームには専用のエレベータが設置されている。乗車していた車内から撮影。

対岸(Kurzstrecke?切符にそう表記されている正確には不明)にはフェリーが5分置きに往復している。
片道1,20ユーロ。

対岸のヴァルネミュンデの街の様子

ヴァルネミュンデの街の様子

ヴァルネミュンデの街の様子

ロストック駅ホームの案内板

ロストック駅構内のパン売り場

ロストック駅正面

ロストック駅全景と駅前の広場。

ロストック市内を走る市電

ロストック市内を走る市電

Rostock〜Schweden間のフェリー。後ろで煙を出しているのは原子力発電所?

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- 2007/08/29(水) 11:33:56|
- 寄港地ヴァルネミュンデ
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ライ通りには建物の外観にいろんな彫刻(装飾)をしている。ここは薬局関係の建物?。

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聖オレフ教会尖塔

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聖オレフ教会入場待ちのコンステレーション号の別の仲間達

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聖オレフ教会尖塔の入口から上部

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グレート・コースト・ゲート

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海洋博物館の一部

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ふとっちょマルガレータ

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タリン市電?運転手はほとんど女性です。手を上げて挨拶してくれました。

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- 2007/08/27(月) 08:48:14|
- 寄港地エストニア・タリン
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《 Villeneuve-La-Garenne 》 1872年 S.I. Schukin collection
この絵の説明は言語がわからないので不正確かも知れません。おわかりの方ご一報ください。

Alfred Sisley 1839−1899

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- 2007/08/26(日) 09:33:11|
- エルミタージュ美術館
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ヴィル通りから旧市庁舎、旧市街周囲の城壁を含む景観が1997年にはユネスコ世界遺産にも指定された。狭く曲がりくねった小
道、石畳、傾斜した塔に誰もが感嘆する中世そのままの街です。

城壁の脇に作られたレストラン

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カタリーナギルド通り

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旧市庁舎

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ラエコヤ広場には旧市庁舎を含むレストランなどが沢山ある

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ラエコヤ広場

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ラエコヤ広場

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ラエコヤ広場からライ通りに入いる手前のレストラン。中庭が凄くモダンでセンスは抜群です。

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ライ通りにはグレート・ギルド会館、歴史博物館、工芸博物館などがある

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- 2007/08/25(土) 08:49:17|
- 寄港地エストニア・タリン
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トームベアの大聖堂 1219年建設を始めたというエストニア本土で最も古い教会

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トームベアの大聖堂。中心にあるアーチ状の扉が教会の入り口

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トームベアの大聖堂

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トームベアの大聖堂の入り口の屋根の壁に描かれたマリア像

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トームベアの展望台から街の風景

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このセンス日本で 「美しい国」 つくりとか何とか訳の解らんことを言う人の頭脳より気に入りました。たびたびの侵略を経験し
国民のことを真摯に考えている国と祖父と親の威光でトップになった人との違いをつくづく感じました。

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- 2007/08/23(木) 10:41:51|
- 寄港地エストニア・タリン
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「エストニア・タリン」
タリンはソ連に50年間支配されていた。 当然のことですがロシアが嫌いなようです。 1988年にソ連から独立するエストニア人
民戦線が設立され、1990年8月23日 「人間の鎖」 で結ぶ運動に100万人が参加しました。 当時のタリンの人口は120万人
だとされます。 国民のほとんどが一致団結して独立運動に参加しました。 この 「歌の祭典広場」 には30万人が集結したと
いわれます。 別名 「歌の革命」 タリン独立の指導者 「グスタフ・エルネザック」 1908−24の銅像です。


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独立に尽力した 「グスタフ・エルネザック」 教師だったと聞きました。 毎年8月23日には、この場に 「歌の革命」 10万人が集
まり記念祭典を行うそうです。

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「トームペア城」 現在は国会議事堂

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アリクサンドル・ネフスキーロシア正教

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アリクサンドル・ネフスキーロシア正教の入り口階段を上がり聖堂の扉のすぐ上にある画像

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タリンは寒い国です。 −40℃になるそうです。 この時期に痛んだ部分の修理を急ぐ必要があるので、工事用の足場や網をかけ
られた箇所が多いです。

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アリクサンドル・ネフスキーロシア正教の正面右側の装飾

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アリクサンドル・ネフスキーロシア正教の裏側

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歌の祭典広場付近の売店。凄く素朴でしょう。

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カドリオルグ公園白鳥の泉。 北方戦争に勝ってエストニアを占領したピョートル大帝が造った公園。 大帝の妃の名前だという。

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- 2007/08/21(火) 09:49:35|
- 寄港地エストニア・タリン
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「コトリン島」はバルト海、フィンランド湾の入り口に位置するロシアの島。サンクトペテルブルクから西に約30km。
東西の長さ14km南北の幅は約2kmで長細い形をした島で島の東側にクロンシュタット市があります。海港サンクトペテルブルグ
を防衛するために 「バルチック艦隊」 の主力基地があり、軍事的に重要な島であったそうです。
サンクトペテルブルグからエストニアのタリンへ向う途中 「バルチック艦隊」 ゆかりの地・クロンシュタット海軍基地を通過しました。
かっては海港サンクトペテルブルグを防衛する要塞だったそうですが、現在は軍港というイメージではなく、軍艦が沈没しかかった
状態で放置されていたりして、(なれのはて) という言葉がぴったりのだと思う。また、現在基地として使われているとも思われない。


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- 2007/08/19(日) 09:11:47|
- バルチック艦隊
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正式名は 『キリスト復活聖堂』 である。 『血の上の聖堂』 という別名を持つ教会。
1881年3月アレクサンドル2世の行幸の帰途、爆弾を投げつけられ暗殺される。急きょ即位したアレクサンドル3世は、父が暗殺
されたその場所に父をしのぶ聖堂の建立を決め、その設計案を一般から公募した。皇帝自ら選んだのが、ロシア正教会独特の
ねぎ坊主型ドームを有する、やや古めかしいデザインであった。
1883年に建設が始まり、完成したのは24年後。やがてソ連共産党政権下、宗教弾圧にあい扉も閉じられたまま崩壊が進む
一方の状態であった。ゴルバチョフ政権が誕生宗教弾圧が解け、整備修復され1988年より現在の姿で公開されている。
古めかしいデザインだというが外観はけばけばしく私には派手に見える。しかし、内装(内部は見学していないので不明)も外壁も
見事なモザイク画による装飾が施され、ロシアモザイク芸術最高の作品とされている。15分の写真タイムだからやっと3枚撮れた。


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- 2007/08/17(金) 08:51:20|
- 寄港地サンクトペテルブルグ
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イサク聖堂は巨大な金色のドームと巨大な大理石の柱が特徴で寺院の前には馬上のピヨートル大帝像があります。
アレクサンドル1世が建立を命じた寺院はとてつもなく大きく。ローマのサン・ピエトロ大寺院、ロンドンのセントポール寺院、
フローレンスのサンタ・マリア・デル・フィオーレ寺院と並ぶ大きさであるという。分厚い大理石の柱1本の重さ17トンという。
精巧な内部のモザイクやイコン(注)(イコンとは、キリスト教において神や天使や聖人を記念し象徴として模られた絵や像で、
敬拝、崇敬の対象とされるもの)などとても神聖な寺院です。現在の聖イサク寺院はアレクサンドル1世の時代に建造されたもので、
建築費3000ルーブル(当時のロシア全土の教育費に相当する)金額であったとガイドの説明であった。
建設には1818〜1858年までの40年の工期を費やした。ロシア革命後は、共産党は宗教を弾圧したのでソビエト政権の下では
博物館として使われていた。第二次世界大戦時には他のサンクト・ペテルブルクの建造物と同様、相当の危機に見舞われる。
また、独ソ戦におけるレニングラード包囲戦では、聖イサク寺院の黄金のドームはドイツ軍にとって絶好の標的となり、ソ連側は
一時ドームを灰色に塗装し偽装したという。ソ連崩壊後は寺院としての活動を再開し礼拝及び拝観者が多く訪れている。


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ピヨートル大帝像

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寺院の天井の一番高いところは101,5mあるそうです。

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- 2007/08/15(水) 08:14:19|
- 寄港地サンクトペテルブルグ
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