ヴェネツィアの歴史 2。
9世紀始め、フランク王国がヴェネツィアを支配下に置こうとして軍を派遣、そのため、トルチェツロにいた人は更なる避難を余儀なくされ、現在のヴェネツィア本島へと移り住むことになりました。 このときにたどり着いたのが今の「リアルト地区」であ

ります。 810年に東ローマ帝国フランク王国間で結ばれた条約で、ヴェネツィアは東ローマ帝国に属しますが、フランク王国との交易権ももつこととなり貿易都市への布石が置かれました。 このころ、ヨーロッパ各国では、その国の存在をアピールする目的でその国の守護聖人を求める風潮にありました。ヴェネツィアも同様に守護聖人を求めていたところ、福音書

著者聖マルコの遺骸がエジプトのアレクサンドリアにあり、ムスリムに奪われる恐れがあることを聞きつけ、828年、それを奪い取りヴェネツィアに運びました。 この時よりヴェネツィアは聖マルコを守護聖人とすることになりました。 10世紀後半からはイスラム諸国とも商業条約を結び交易を拡大しました。さらにアドリア海沿岸への支配地域の拡大に努めていきまし

た。 ジェノヴァ共和国などの同じイタリアの貿易都市とは違い、都市の周辺海域が大国・東ローマ帝国の制海権内にあったために、イスラム勢力による海上からの直接的脅威を感じることが少なかったことも、イスラム諸国との関係を積極的に進める要因となりました。  QEの案内より抜粋。

ven33d.jpg ヴェネツィアの街。 

ven34d.jpg 停泊地が近づいてきた。

ven35d.jpg ヴェネツィアの港は運河の街ということもあって、大型客船が10台は停泊できる波止場と設備を持っているようだ。 

ven36d.jpg わが客船「QE」はこのラインの左側に停泊した。

ven37d.jpg 右、ホランド・アメリカ・ライン・Prinsendam 総トン数 37,983トン。 左、Celebrity Silhouette 総トン数 122,210トン。

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