「憲法9条をノーベル平和賞に」 戦争をしない日本を世界に広めましょう。  原発再稼動反対。

「大黒屋光太夫」 1-2。
日本とロシアの交渉史において大黒屋光太夫の名前をはずすことはできません。 彼は「おろしや国酔夢譚」で広く知られています。 本日訪れるエカテリーナ宮殿は、大黒屋光太夫がエカテリーナ2世と謁見した部屋です。 伊勢白子の船

頭だった光太夫は、1782年駿河湾沖で遭難し、8ケ月の漂流の後、アリューシャン列島のアムトチカ島に漂着。 現地のロシア人に助けられ、4年間この島で暮らしました。 その後、日本語学校の教師になるためにカムチャツカを経て、イルクーツクへ向かいました。 ここで彼は第1回遣日施設となるラクスマンの父親のキリールと出会い、彼の勧めで女帝エカテ

リーナ2世に謁見を許されました。 こうしてエカテリーナの許しを得て、漂流後10年を経て光太夫は根室に送還されました。 帰国後、光太夫は蘭学者桂川捕周にロシアでの見聞を詳細に話し、1794年「北槎聞略」を完成させ、その中でロシア語表現集やエレキテル、医療について紹介しました。  次回に続く。  添乗員 竹内の資料から。

『エルミタージュ美術館(冬の宮殿) 4。』
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